Interview

プロテニスプレーヤー・澤柳璃子「今の私がいる理由。 揺るぎない目標とライバルの存在」(Part.1)

プロテニスプレーヤー・澤柳璃子インタビュー(Part.1)

ウィンブルドンで開催中の全英オープン予選会に出場した、プロテニスプレーヤーでアンダーアーマー/DNSwomanの契約アスリート、澤柳璃子選手。残念ながら本選出場はなりませんでしたが、ここまでの道のりと世界と戦うための身体作り、そして、アスリートとして、女性として第一線で活躍する上での思いを彼女に聞きました。全3回にわたってお伝えします。

相手の裏を読む。それが快感。

――まずは澤柳選手の、テニスとの出会いについて教えていただけますか。テニスを始めたのはいつごろだったのでしょう?

「小学2年生の時です。私には姉がいるんですが、その姉の友達の弟さんがテニスをしていたんです。親同士も仲がよかったこともあり『せっかくだから一緒にテニスを習わない?』という話しになりまして。

 当時から身体を動かすことが好きでしたから、ちょっと遊びでやってみよう、という感覚で始めたのがきっかけです。ボールを追いかけてコートの中を走り回ったり、楽しくて仕方なかった。何もかもが新鮮でしたね」

――そして、今ではプロテニスプレーヤー。テニスという競技のどのような部分に魅力を感じているのでしょうか。

「勝負が明確で、白黒がはっきりつく点ですね。あとは、相手との駆け引きが多いことも魅力です。私は子供のころから負けず嫌い。例えば父親と相撲をしたら、負けると悔しくて悔しくて。涙を流して、勝つまで勝負してもらうほどでした。それはテニスでも同じ。最初はただただ、負けたくないという気持ちでやっていました。

 でも、やるたびに、テニスの魅力でもある駆け引きがどんどん面白くなってきたんです。相手の裏を読んで駆け引きに勝てるようになると、本当に楽しい。私は今も、試合で駆け引きを楽しんでいます。天性の負けず嫌いの性格と、テニスという競技の駆け引きの面白さ、その二つが上手くかみ合って、今の自分がいるのだと思います」

成長に必要なのは、自己管理と我慢。

――テニスの面白さに魅了されてからめきめきと力をつけ、18歳でプロに転向。しかし、そこから数年はケガで思うようなプレーができず、なかなか結果が出ない時期もありました。

「プロになって環境が変わり、練習量が以前より多くなったことでケガも増えてしまいました。治ってはまたケガをして、の繰り返し。なかなかコンスタントに試合に出場し続けることができず、結果、ランキングも上げられませんでした。その状態が2年ぐらい続いてしまったんです。

 ジュニア時代は困ったことがあると親にアドバイスを受け、身の回りのこともサポートもしてもらい、テニスに集中すればいい、という環境でした。でもプロとなると、年齢に関係なく自立しなければいけない。一人で遠征する機会も増えますし、自分でいろいろなことを決断・選択してやっていく必要がある。

 そんな中、練習後のトレーニングやセルフケアで『まあ、ちょっといいかな』という心の緩みというか甘さがあった。あとは逆に、ここはしっかり体を休めるという時に、休まずにトレーニングをし過ぎてしまった。その結果、ケガをして、なかなか復活ができずに伸び悩んでしまいましたね」

――その状況を、どのように意識を変えて乗り越えたのでしょう?

「練習の拠点をナショナルトレーニングセンターに変え、JISS(国立スポーツ科学センター)でリハビリを見てもらい、セルフケアの大切さをあらためて教えていただきました。トレーニングはトレーニングでしっかり取り組む、そしてその後のケアは、自分でただストレッチをして終わるのではなく、例えばボール類を足の裏やふくらはぎで転がすなどをして、筋肉を緩める。アイシングもしっかり行って筋肉の疲労を和らげるなど、しっかりとセルフケアすることを意識しました。

 ケガに悩む前は、例えトレーニング後のセルフケアを教えていただいたとしても、面倒に思ってやらなかったかもしれない。また、ケガをしているのにすぐに練習してしまうこともありました。でも今は自己管理の大切さを痛感していますし、ケガ明けであせる気持ちがあっても、『今はやっちゃいけない時期』という見極めもできるようになりました。それが試合にもつながり、上手くプレーできなくても、ここは一度落ち着いて我慢しよう、と思えるようになっています。そんな風に自分を知り、管理すること、我慢することの大切さってもわかってきたので、それが成長につながっていると思います」

――それを10代で学べたのは大きいですね。

「もうちょっと早く学びたかったけれど…。まあ、ケガの功名ですね。身をもって学ぶことができたので、今は伸び悩んだ2年間もムダではなかったといえます」

――スランプを乗り越えるには、それなりの原動力が必要だと思います。澤柳選手は何を支えにされたのですか?

「ライバルの存在と、揺るぎない目標を持っていたことでしょうか。同年代の選手が結構強くて、私がケガをしている間に、どんどん勝ち上がっていました。ランキングもみるみるうちに上がっていったので『そこに置いていかれたくない』という気持ちが強かった。

 みんながどんどん力をつけている中で、私はケガをしてしまい練習ができなかった。不安な毎日でしたが、両親や周りのコーチには『ぜんぜん、あせる必要はないから』と言っていただきました。そして『まずは怪我をしっかり治そう。治ったら、あの子達に追いつき、追い越そう』と思い直しました。そして、個人的な目標としてあったのが、グランドスラム出場。その夢も大きな支えになりました」

――そうやってケガを乗り越えて、グランドスラムへの第一歩を踏み出したのですね。

「長い間、目標としてやってきたので、予選会への出場が決まった時は本当にうれしかったです。今回は残念ながら敗れてしまいましたが、ここからが本当の勝負、という気持ちです」

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