Interview

清澤恵美子(アルペンスキー)「怪我を乗り越えて見えてきた 私の存在価値」

©shinichiro tanaka

雪の斜面の旗門を細かいターンを繰り返しては滑り降り、そのタイムを競い合うアルペンスキーの回転、大回転。その迫力は、見る者を魅了し、時に冬季スポーツの花形と称されます。しかし、高い技術とスピードが求められるため、大怪我を負うリスクも伴います。
2013年12月、一人のアスリートがこのアルペンスキーの競技中に選手生命を脅かすほどの大怪我を負いました。アルペンスキーヤー兼株式会社ドーム社員の清澤恵美子選手。スキーとの出会いは3歳の時。16歳でナショナルチーム入り後、全日本選手権優勝やワールドカップ出場を重ねて世界と戦うアルペンスキーヤーへと成長。昨シーズンは、自身の集大成ともいえるソチ五輪日本代表入りを視野に取り組んでいました。その志半ばでのアクシデント。しかし、清澤選手は、先行き見えない不安を払しょくして手術に踏み切り、懸命のリハビリの末に、2014年11月、新シーズンに向けたトレーニングを見事、雪上で迎えてみせました。そんな困難を乗り越えて進化し続ける清澤選手に心境を聞きました。

「怪我をして初めて気づいたこと」

――見事、雪上復帰を果たされましたが、怪我をした当初の心境はいかがでしたか?
膝の前十字靭帯と内側側副靭帯の断裂という怪我で、手術をしないで競技を続行するにはいろいろな意味ですごく危険が伴うものでした。怪我前のパフォーマンスに完全に戻ることができるのか、また、年齢的なものも考えると選手を続けられるのか?続けていいのか?続けることに意味があるのか?と感じていました。その当時、日記を書いていたのですが、どの日をみても『悔しい』の文字ばかり。私はどうしたらいいのか、それをずっと考えていましたね。

――そんな葛藤から一歩抜け出すきっかけとなったのは何だったのでしょうか?
竹内智香さん(ソチ五輪銀メダリスト)の試合がきっかけでした。入院中、テレビでソチ五輪の竹内さんの試合を観た時、『はっ』と気づかされるものがありました。決勝レース後の竹内さんのやりきったという表情を観て自分とは準備の仕方も臨む覚悟も違っていたと感じました。彼女は小さいころから金メダルを目指してやってきた、一流のアスリートという人はその競技と出会った頃からすでに夢が明確で、一歩一歩の行動や覚悟が自分とは違っていた。それに気づいた時、すごく衝撃的でした。

「前に進むかどうかは自分次第」

――その衝撃を受けてから清澤さん自身の心境に変化は?
以前から悔しさはありましたが、その悔しさが更に強くなりました。4年間、五輪のためにやってきたのに、どうして自分を信じて金メダルをとると強く思ってやれなかったのか、もう少しゆとりを持って競技に取り組めなかったのか、いろいろと自己分析をしました。その結果、この自分に対する悔しさはやはり、雪上でしか晴らせないと思いました。

――リハビリ中にもいろいろと学ぶ経験があったのですか?
一番、刺激を受けたのは、これもまた竹内さんでした。気持ち新たにリハビリを始めましたが、足が思ったよりも痛くて、私自身、完全には復活を信じ切れていない部分がありました。そんな中、竹内さんと食事をする機会があったんですが、その時、こう言われました。「水の話、知ってる?水が入ったコップが2つあって、片方には『綺麗な水だね』、片方には『汚い水だね』って言っていると、『綺麗だね』って言っている水は美味しくなるんだよ。それって血液も細胞も一緒じゃない?自分の体に対して『膝がんばろうね、トレーニングがんばろうね』って声かけてるのと、毎日、恵美子ちゃんみたいに暗く生きているのでは、治り方も違うよ」。そこで、また気づかされました。これじゃあだめだ、前に進むのは私の意識次第なんだと。そう思ったら、『何があっても私は選手を続ける』と自分自身に強く言えるようになりました。

「心に余裕ができた」

――竹内選手からたくさんの刺激を受けているんですね。
竹内さんは、同じ冬季スポーツの選手で同世代なので、良き仲間でもあり常に刺激を与えてくれる大きな存在です。また一緒にリハビリをした柔道の中村美里選手など他競技の選手の存在もすごく刺激になっていて、怪我を乗り越えて復帰した試合などは必ず応援に行きました。柔道、体操、サッカー、ゴルフたくさんの競技を観戦しました。みんなすごく輝いていて、やはりスポーツって一喜一憂がすごく楽しいと改めて感じました。

――怪我を通じて清澤選手自身、学んだことはなんですか?
以前の私は、目標があるとそこへがむしゃらに突進するタイプでした。でも、気が付けば自己分析をする余裕もないくらい自分を追い込んでいました。目標を達成するには強い覚悟と共に自分を冷静に見る心のゆとり、また人の意見を聞き入れる視野の広さをもつことも大切だと痛感しました。そういう意味では、私の中で怪我を肯定することはできませんが、人間が成長する上で挫折や苦しみなど乗り越えなくてはいけない壁は、必要なのかなと思います。

――その経験は競技の他でも活きているのでしょうか?
そうですね、周りを見る余裕も持てるようになり、何か自分にできることはないだろうかと考えるようになって、それを社内活動などで実行しています。

――具体的にはどのようなことですか?
出勤前の時間を利用した女性社員限定のワークアウトを7月から企画開催しています。私は2012年から選手兼社員として株式会社ドームのウーマン事業部で働いているのですが、リハビリで会社を休んでいる時に社内の連絡メールを読んでいて、私の所属する部署の方々の前向きな取り組みにすごく共感するものがあって、私の知識をうまく活かして、みんなが更に生きいきと仕事に取り組めるよう、何かできることはないかと考えたんです。そして、『スポーツを通して女性を豊かに』というウーマン事業部のミッションに着目して、まずは身内から!と、美しい姿勢や体力作りに役立つストレッチやトレーニングを紹介したり、栄養や食事面でのアドバイスをしています。皆さん、楽しくワークアウトに参加してくれています。

――心に余裕がなければ、そのような取り組みもできないですよね。そのことからも、本当に心身共に充実した状態で新シーズンを迎えられたのが、うかがえますね。
そうですね。このシーズンは自分の気持ちを確かめる一年にしようと思っています。つらい経験をちゃんと受け入れて自分を信じて取り組むことができるのか、4年後を目指して本当に突き詰めてやる覚悟があるのか、そして、リハビリによって得たもので自分の体が雪上でどう変化しているのか、そういう自分の挑戦を楽しんでやれたらいいなと思います。

「怪我を乗り越えた今」

ドームアスリートハウストレーナー

兼ドームスキークラブ柏木久美子さんと一緒に

――そして、実際に雪上復帰された現在の心境はいかがですか?
雪上復帰する朝まで正直、半信半疑でした。しかし、いざスキー靴、板を履いた時、不安を感じる必要がなかったほど嬉しくて、ずっと笑っていました。スキーをして風を切ったり、ターンする感覚が最高で、この上ない幸せを感じ、今までの辛さ、苦しさが全て吹き飛んでいきました。滑りの感覚も手術前と変わることがなかったので、更に嬉しかったです。復帰する時に一緒にリハビリを行ったメンバーやたくさんの方から応援、祝福の言葉もいただき、感謝の言葉につきます。そして、これからも変わらぬ応援をしてくれるドームにも感謝したいです。でも、まだスタートしたばかり。苦難や困難が待ち受けていると思いますが、全てを受け入れて、大きな夢を持って前に進んでいきたいと思います。

選手生活を脅かすほどの大けがに見舞われながらも、自分自身としっかり向き合い続けて雪上復帰を果たした清澤選手。仲間にも支えられながら困難を越えた先に見えたのは、まだまだ進化し続ける31歳の自分でした。大きな飛躍が期待される清澤選手の2014年シーズンが幕を開けました。
株式会社ドームはこれからも清澤選手をサポートします。

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