彼女達が走り抜いた「それぞれのNAHAマラソン」。

きついことにこそ、チャレンジする。それこそがThe Athletic Womanのスタンスだ。この12月6日に開催されたNAHAマラソンに挑んだ3人。彼女達は今回なぜチャレンジしたのか。そして、その先に何を見ているのか。

 12月6日に行われた「第31回NAHAマラソン」。今年は男女合わせて2万6679人がエントリーし、那覇市など沖縄本島の5市町にわたる42.195㎞を駆け抜けた。スタートの午前9時は太陽が見えていたが徐々に曇り始め、午後には時折、豪雨となることも。あいにくのコンディションの中、沿道に並んだボランティアらの声援が背中を押し、7割近い1万8326人が完走を果たした。

 女子で優勝したのは東京都の廣瀬光子選手。廣瀬さんは子育てをしながらマラソンを続ける市民ランナー。2時間53分34秒で大会史上初となる4連覇を果たした彼女は今回、ケガを乗り越えて栄光をつかみ取った。

「4連覇を目標にしていたものの、ひと月ぐらい前にケガをしてしまい、ようやく走れるようになったのが最近。そんな状態だったので正直、優勝は無理かなと思っていましたが、どうにか達成できて本当にうれしいです。

 NAHAマラソンの怖いところが、一人でぼーっとしながら走っていると、どうしてもペースが落ちてしまうこと。アップダウンがきついので、後半に踏ん張りが利かなくなる。10㎞地点ぐらいから一人で走る感じになり、だらだら落ちていくと抜かれてしまうので『頑張らなきゃ』と思いました。近くを走っている男性の方に『頑張りましょう』と声をかけ、少しだけつき合ってもらう。それを何度も繰り返していましたね」

 彼女は目標を、4月~翌年3月の年度単位で考えている。2015年度の目標は、来年開催される東京マラソンで2時間40分を切ることだった。

「来年の東京マラソンで記録を狙っていたのですが、ケガがあるので少し抑えた方がいいかな、とも思っています。足が痛くても頑張り続けてる人もいますが、私はやはり、痛みのない状態で走りたい。まだまだ長くやりたいので、あせらず無理せずにいこうかと、今は思っています」

 そんな廣瀬さんの他にも、多くのランナーが走ったNAHAマラソン。2015年の締めくくりとして、それぞれの事情を背負いながら42.195㎞を走破した3人のランナーの声をお届けしよう。

■「決めたことをやり抜くことで、自分を信じる力がまた強くなった」~原綾子

 2012ミス・ユニバース日本代表であり、ビューティーレッスン・スクール・セミナー・講演会の企画・運営を行うAH’S INTERNATIONAL株式会社の代表も務める原綾子。2015年は彼女にとって、大きな転機となった年に違いない。トータルビューティーデザイナーとしてのスキルと経験値を高める一方、ハードなフィジカルトレーニングで自らを追い込み、本格的な肉体改造を行った。そして自らのブログの他、W-EVOLUTIONを始めとするさまざまなメディアで、日本女性の美について鋭い意見を発してきた。そんな彼女が今年のチャレンジの締めくくりとして選んだのが、NAHAマラソンだった。

「フルマラソンは初めて。2015年を締めくくるにふさわしい、未知なる世界への挑戦でした。走り終えた今は、感動と達成感で清々しい気持ちです。42.195㎞は想像以上に長く、コースはアップダウンが激しい。強い向かい風と土砂降りの雨の中、途中で膝や足の痛みが強くなり何度も心が折れそうになりましたが…」

 42.195㎞は、まったく想像すらできない未知の世界。不安と恐怖も大きかった。

「18㎞~20㎞の上り坂と、20㎞過ぎからの急な下り坂。この厳しいアップダウンと、37㎞からの最後の上り坂が本当にきつかった。18㎞~20㎞の上り坂でコース最高地点の100mまで上るので、かなりスピードも落ちます。そして20㎞過ぎからの急な下り坂で、上り坂での遅れを取り戻そうと思いましたが、膝や足の痛みがきつかったです。

 37㎞からは最後の山場というべき上り坂。踏ん張りたくても身体に力が入らない状態になってしまい、沿道の方々が差し出してくれる黒糖やチョコレートをとにかく口に入れました。土砂降りの雨でびしょ濡れになりながら、そこからはひたすら時間との勝負。気持ちだけで駆け抜けましたね。今思い出しても、あの坂は本当につらかった…。

 でも周りを見わたせば、同じ境遇の人達がたくさんいて、みんながゴールを目指してひたすら前に足を出す。その姿や沿道の応援や声援に助けられながら、ただゴールしたいという一心で踏ん張りました」

 タイムは、5時間45分。満足のいくものでは決してなかった。

「5時間切りを狙っていたから、正直、悔しかったです。練習では、20㎞を2時間7分、30㎞を3時間20分というペースで走れていただけに…。長距離を走ることは心肺機能よりも、身体の痛みをどれだけ軽減できるかが鍵なのだと実感しましたね。練習から、走った後の足の痛みはどこに来るのか、何日で取れるのかをしっかりと知り、それを元に練習を重ねてきました。その成果があったのか、41㎞地点からのゴール直前ではラストスパートをかけることができ、ゴール後でも普通に歩けていた。ずっと取り組んできた体幹トレーニングも功を奏し、最後まで走りも崩れませんでした。

 精神面では、走れば走るほどゴールへの信念が揺るぎないものになっていったことを実感しました。周囲の人達からは『無理しないでね』『ケガに気をつけて。無理だと思ったら棄権するのも大切だよ』などと言われました。でも自分の中では、何が起きても必ずゴールだけはする、と決めていました。

 決めたことをやり抜くことで、自分を信じる力がまた強くなりました。この感動と達成感は、とても誇らしいもの。42.195㎞は長くつらいけれど、ゴールした時のあの感覚が病みつきになり『また挑戦したい』という気持ちがあふれ出ています。

 来年もぜひ挑戦して、今度は5時間を切りたい。本番に向けての体調や心、身体の作り方など、すべてが未知の世界でした。次回は目標のタイムで走るために、具体的な戦略をしっかりと立てて練習や調整をしていこうと思います」

 そんな彼女にとっての2015年は「とにかく頭を使ってたくさん考えた1年」だった。

「会社の経営も含め、何をどのように進めるかをしっかりと考えて行動しました。大きなことが複数同時に舞い込んできた時にも、最善策を考え抜き、優先順位を意識。自分でも驚くほど、冷静に対処できた気がします。2015年をひと言で表すと『着実』。自分の人生にとって何が大切なのかを常によく考え、明確にしていたので、どんなことにも落ち着いて対処できた。

 来年の目標は、すべてにおいて『即断即決』すること。2015年はどこで何をするのも本当によく考えてたので、判断基準が明確になった。その判断基準を満たすものはすぐにやる。そうでないものはやらない。その場で素早く判断して、どんどん邁進していきたい。2016年はスピード勝負。失敗を恐れず、堂々と向かっていきます」

■「実際に走ったことで、言葉の幅や引き出しが増えた」~岡英代 「無理かも…と思うことこそやってみて、できた!を積み重ねたい」~佐藤圭子

 今回のNAHAマラソンには、本メディアW-EVOLUTION編集スタッフからも岡英代、佐藤圭子の二人が参加。女性スポーツのさらなる発展に力を尽くす彼女達もまた、それぞれの事情を抱えながら完走を果たした。

「私は沖縄が好きで、毎年行っているんです。フルマラソンに初挑戦するならば、いつも楽しくて素敵な人達がたくさんいる、大好きな沖縄で。そう思ってエントリーしました」(岡)

「私がチャレンジしたのは、純粋に自分のため。今年1月に出産をして、自分の時間がまったくないことが悔しくて、自分の中に残せるチャレンジをしたかった。そんな時にこの話があり、やっちゃえ!と」(佐藤)

 二人とも多忙ゆえ、決して十分満足のいく練習を積むことができたわけではなかった。

「30㎞からは痛みとの戦いでした。膝から下が、全部痛い。でも絶対に歩かないと決めていたので、最後まで走り続けました。実は残り4㎞になった時、ふと我に帰ってしまったんです。そして『私は何をしているんだろう…?』という自問自答になり、なぜ前に向かうのかがわからなくなってしまった。そうしたら、雨とつらさと痛さで泣けてきて…帽子で目を隠しながら、斜め前を向いて走っていましたね。最後の4㎞は1㎞ずつが本当につらかった。最後は自分に頑張れとエールを送りながら、完走しました」(岡)

「私は逆で、走るほどテンションが上がってきましたね。もちろんつらいことはたくさんありましたが、30㎞行けた、31㎞行けた、と、未知の世界を更新していくことが本当に楽しかった。できていく自分が楽しかった。

 今年1月に出産したので、それ以来、時間を作るのが本当に難しく、練習はほとんどできていませんでした。そんな状況で走りながら考えていたのは、息子のこと。沿道に子供達がいっぱいいて、声援を送ってくれるんです。その姿が本当にかわいくて、まるで自分の子供のように思えてきて…『息子に会いたいな』と思いながら走っていました。実は息子がマラソン前々日に熱を出してしまい、後ろ髪をひかれるような思いで沖縄に来ていたんです。すごくつらくて、沖縄行きを取りやめることも考えたぐらい。でも行くと決めたのだから、絶対に完走しよう。そう思って走り抜いた感じです」(佐藤)

 二人とも6時間以内で完走。走り終えた今、さまざまなことを実感している。

「私は週に4日、ウエイトトレーニングをメインにフィジカルを鍛えています。それが走っている時の支えになって『今までトレーニングをしてきたから大丈夫』と自分を励ますことができました。また実際に走ってみたことで、仕事で普段扱っているスポーツウェアやシューズのことを、より深く理解できた気がします。営業という立場としての言葉の幅や、引き出しが増えた実感があります。お客さんとも選手とも、今まで以上に深い話ができるようになった気がしています」(岡)

「私が実感したのは、母親が走ることは何もすごいことじゃない、ということ。ランナーだけではなく、子育てをしながら会社を経営していたりといろいろな人がいますよね。それはその人がすごいというより、彼女を支える家族や周囲のサポートがあるから。そういった裏側にある大事なものを発信していき、女性がもっと活躍するための助けになることをしていきたい」(佐藤)

 もちろん二人とも、NAHAマラソンには来年もチャレンジするつもりでいる。

「次はタイムにこだわって、5時間を切りたいですね。それが目標になればトレーニングも頑張れます。ちなみに、これまで鍛えてきた成果で筋肉痛はすぐに治り完走翌々日の今日、さっそくウエイトトレーニングをしました(笑)。朝のトレーニングは生活の中のルーティーン。クリーン50㎏をさらっとできるようになりたいんです」(岡)

「私も来年もやりたいですね。マラソンはすごく楽しかったので今後も続けていきたいし、他にも新しいチャレンジをしてみたい。無理かも…と思うことこそ、やってみる。そして、できた! を積み重ね、自分の可能性を広げていきたい。居心地のいい場所に収まっているのではなく、チャレンジを続けることが大事だと実感しました」(佐藤)

 それぞれの思いを抱えながら、完走を果たした4人。目の前の困難をクリアして、自らの力で新しい未来を切り拓く。そんな、これからの時代をリードする新たな女性像=The Athletic Womanを体現すべく、強い意志/WILLを胸に、彼女達は2016年も自らを磨き続ける。

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